小脳疾患患者の運動失調に対する理学療法アプローチ
1.運動失調には,様々な種類があるため,小脳疾患患者の運動失調ではどのような病状が出現するのかを理解しておく必要がある.
2.小脳性運動失調に対する理学療法は,対象者の重症度を把握し,対象者の重症度に合わせたプログラムを立案することが重要である.
3.運動失調についての理学療法は課題が多い現状であり,今後も科学的根拠を高めるために研究を継続していくことが求められている.
【はじめに】
運動失調とは,「筋力低下や運動麻痺がないにもかかわらず運動が拙劣となる」1)ことを指し,動作の安定性や正確性が低下する.詳細は後述するが,運動失調はその病巣により,小脳性,脊髄性,前庭性,末梢神経性,大脳性に分類され,それぞれ特徴を有する.今回のテーマである小脳疾患は,脊髄小脳変性症(Spinocerebellar degeneration:SCD),小脳梗塞,小脳出血,小脳腫瘍,アルコール性小脳変性などがあり,主症状として運動失調が出現するが,中でもSCDは,小脳を中心とし脳幹,脊髄あるいは大脳をおかす神経変性疾患であり,小脳性運動失調のほか,パーキンソニズム,錐体路障害,末梢神経障害,認知症など様々な症候を呈する.運動失調症状を主体とする純粋小脳型SCDとして,孤発性の皮質性小脳萎縮症(Cortical Cerebellar Atrophy:CCA)や遺伝性のSpino-cerebellar Ataxia(SCA)6およびSCA31があり,これらを主な対象とした研究結果2,3)を受けて,SCDの理学療法は,日本神経学会が監修したガイドライン4)においてグレード1Bで推奨されている.しかし,小脳性運動失調に加えてパーキンソニズムや自律神経障害を伴う孤発性の多系統萎縮症(Multiple System Atrophy :MSA)や遺伝性のSCA3(Machado – Joseph病)など,広義のSCDは同一病名でも臨床症状が多岐に亘る.そのため,SCDの理学療法アプローチは,その病型について理解し,今後,進行に伴い出現が予測される障害を把握する必要性を強調したい.また,SCDのみならず小脳疾患患者は,運動失調症状の程度や他の臨床症状により,日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)自立度が大きく異なる.よって,今回は,運動失調の分類に加えて小脳疾患患者の運動失調評価を説明した上で,運動失調患者の歩行能力評価(Functional Ambulation Categories:FAC)の分類別に沿って小脳疾患患者の運動失調に対する理学療法アプローチについて述べる.
【運動失調の分類】
1)小脳性運動失調
小脳に障害が起こることで生じる.小脳は,入力情報の違いにより,大脳小脳,脊髄小脳,前庭小脳の3つの領域に分けられる.障害される領域ごとで出現する症状も異なる.
①大脳小脳
四肢の運動の調整や言語に関与する.障害されることで,四肢の運動失調(測定障害・運動分解・反復変換運動障害・共同運動障害),企図振戦,筋トーヌス低下,構音障害(断綴性発語)が出現する.
②脊髄小脳
体幹の運動の調整に関与する.障害されることで,体幹の運動失調(体幹失調・酩酊様歩行)が出現する.
③前庭小脳
平衡・眼球運動の調整に関与する.障害されることで,平衡障害,眼球運動障害(眼振など)が出現する.
2)前庭性運動失調
前庭器官(卵形嚢・球形嚢・三半規管)に障害が起こることで生じる.四肢の運動障害はなく,起立・歩行などの基本動作における平衡障害,特に体位変換時に起こる反射的運動の障害が主である.四肢単体による随意運動障害は基本的に出現しない.体性感覚は障害されないため,感覚は基本的に正常である.姿勢・動作時において,視覚情報を得ることによって障害を最小限にしようと努力・代償しているため,閉眼させると動揺が大きくなり不安定となる.脊髄性運動失調のRomberg徴候との相違は,閉眼後に「次第」に動揺が大きくなるという点である.
3)脊髄性運動失調
深部感覚(筋・腱・関節からの感覚)に障害が起こることで生じる.静止時及び運動時共に動揺が起こる・運動失調は,四肢と下肢に出現するが,特に下肢が著名で踵で地面を強くたたきつけるような歩行障害を認める.深部感覚が障害されるため,視覚の代償により動揺を最小限にする努力を行っていること,Romberg徴候で陽性を認め,閉眼直後から動揺が「明らかに」増強する.
4)末梢神経性運動失調
糖尿病性神経障害,アルコール性神経障害などにより末梢神経に障害が起こることで生じる.表在感覚の低下が原因となることが多い.
5)大脳性運動失調
大脳の病変などにより大脳半球に障害が起こることで生じる.運動失調は小脳性と類似しており,障害側とは反対側の身体に出現する.大脳-小脳連関の機能不全によるものと考えられている.MRIやCT等での診断が必要である.
【小脳疾患患者の運動失調評価】
運動失調の指標として国際的に用いられているものがInternational Cooperative Ataxia Rating Scale(ICARS)とScale for the Assessment and Rating of Ataxia(SARA)である.運動失調により最も影響を来たされるバランス能力の指標としては,Functional Reach Test(FRT),Time up and Go Test(TUG-T),Berg Balance Scale(BBS)に加え,Balance Evaluation Systems Test(BESTest)の有用性も報告されている5).冒頭にも記載したが,小脳疾患患者は,運動失調症状の程度や他の臨床症状により,ADL自立度が大きく異なる.代表的なADL評価としてBarthel IndexやFunctional Independence Measureがあるが,歩行能力により段階分類できる評価として,主に脳卒中領域で活用されているFunctional Ambulation Categories(FAC)がある6).FACは厚生労働省の運動失調研究班も推奨しており,SCDに代表される進行性疾患においても失調症状による歩行能力を経時的に捉えることに役立つ.
【小脳疾患患者の運動失調に対する理学療法プログラムの実際】
小脳の役割は,イメージした動作と実際した動作の誤差を大脳皮質にフィードバックし,誤差の修正することである.そして,動作が繰り返されることにより,小脳が適切な動作を予測し制御するフィードフォワード制御が可能となる(運動学習の保持).一方で,大脳基底核は,大脳皮質からの運動指令に対して必要な部位の筋活動を促し,それ以外の部位の余計な筋活動を抑制することで動作の円滑性を生み出す.これは大脳皮質基底核ループ呼ばれ,動作を繰り返すことにより熟練した動作の習得に寄与する.小脳疾患患者が運動を習熟し,フィードフォワード制御を習得するためには,健常者と比較してより多くの練習を繰り返し行うことが重要である7,8).この考えは運動失調症状の程度によって変わりないが,MSAや多発性硬化症など障害部位が多岐に亘る際は注意が必要である.
この内容を踏まえて,小脳疾患患者の運動失調に対する理学療法プログラムについて,FACの歩行能力分類に沿って述べていく.
1)歩行自立期(FACの歩行能力分類:5)の理学療法アプローチ
この期は,運動失調症状を認めるものの,基本的な身体機能が保たれており,歩行を含めて日常生活が自立している段階である.主動作筋と拮抗筋が収縮するタイミングの不調である反復変換運動障害1)が出現し,その症状が軽度の際は,意識的な同時収縮により症状の軽減が得られることから筋力の維持・増強を図る運動が重要なプログラムとなる.筋力運動は,筋の同時収縮が必要となる遠心性収縮運動を取り入れるべきであり,具体的手段としてハーフスクワットがある.また,体幹筋を含めた同時収縮運動として,プランクや端坐位での下肢挙上位保持などがある.従来から運動失調に対して推奨されているフレンケル体操は,科学的根拠に乏しいものの臨床で即時的効果を実感する場合も多い.日常生活動作が自立する段階では,全ての運動を実施するのではなく,“集中性”“正確性”“反復性”を指導のポイントとして,難易度が高い立位での運動などを選択する.小脳疾患患者は健常成人と比較して二重課題によりバランスが崩れる9)ことが知られており,更に難易度を上げる手段として,二重課題の運動を検討する.SCDに対する理学療法の有効性を検討した報告3)では,SARA10点未満のSCD患者が重症度の高い患者と比較して,運動による改善効果が継続する可能性が示唆されていることから,歩行自立期のアプローチは重要と考えられる.バランス能力のみならず,廃用的に障害され易い筋力や関節可動域,心肺機能に対する高負荷・高頻度のアプローチを対象者に合わせて選択していく.高頻度の運動手段として選択されるホームエクササイズの指導は,運動失調を有するSCD患者に有効性が示されている2,3,10).自主運動の継続に重要なのは,理学療法士が定期的に身体状況の確認などを行い,関りをもつこと11)であるが,在宅環境の把握も必須である.バランス能力が低下する運動失調患者に対しては,安全性への配慮が重要なポイントであることを念頭に自主運動を指導する.廃用を予防するには日常生活指導も重要であり,ウォーキングや普段からなるべく階段を利用することで活動量の確保を図る.対象患者が進行性疾患の場合,ウォーキングを通じた仲間づくりや地域サロンの活用も検討したい.
2)随時介助歩行期(FACの歩行能力分類:4~3)
この期は運動失調により歩行能力が低下し,平地歩行での監視のほか,不整地や斜面のある屋外歩行や階段昇降階段において介助が必要なレベルである.基本的には歩行自立期のアプローチと類似するが,運動失調患者に散見される酩酊歩行やwide-based gaitが顕著となりバランス能力が低下していることに留意する.日常生活動作については,運動学習効果を期待して,困難となった動作を繰り返し反復して練習をする.小脳梗塞患者が運動の習熟に至るには,健常人よりも更に繰り返しの運動が必要7)とされることから,筋力維持・増強運動を兼ねた動作練習を選択する.手すりの把持などで難易度や負荷量を調整する場合は,ターゲットとする筋の収縮を触察により確認するのに合わせて,体重計を利用して上肢による代償量を確認することが重要である.歩行補助具の導入も検討する必要があり,T字杖や多点杖,ロフストランド杖,ウォーカー,歩行車等の中から対象者の能力と生活環境に合わせて選択していく.ホームエクササイズは,四つ這いや片膝立ちもしくは座位での運動を中心に継続を支援する.運動失調を有する患者に対しては,視覚の代償による固有感覚強化と協調運動再獲得が期待できる.各プログラムの実施時は,平面鏡を用いて自身の動作を随時確認することも推奨したい.
3)伝い歩き期(FACの歩行能力分類:2~1)
この期は運動失調により歩行に介助を要するが,環境調整や歩行補助具の使用により移動が修正自立となるレベルである.基本的身体機能の維持・増強運動は継続するべきであり,FAC5~3の段階で実施したプログラムの難易度を調整して実施する.FAC2を下回る状態以降は,健常者と比較して歩行効率が悪くなり12)疲労感や倦怠感を生じやすくなるため,負荷量はボルグ指標13~11(ややきつい~楽である)程度に調整する.自主運動としても実施する運動は,座位や臥位で行うプログラムに変更が必要となる.この段階での歩行練習手段として,大腿四頭筋とハムストリングスの同時収縮により膝関節の固定性を高めるモンキーウォーク,体幹失調の影響が著明となる膝立ち歩行などがある.膝立ち歩行は大腿四頭筋が伸展位を保つため,安全対策に十分配慮した上で“ゆっくり”“正確に”実施することで,同筋のストレッチ効果も期待できる.歩行運動時は,下肢に300g~1㎏を目安として重錘を負荷することで安定性の向上が期待できるが,重錘除去後の運動学習効果が期待できないことに留意する.また,運動失調を有する患者に対する体幹への重錘負荷は,その効果が静的バランスの改善に留まり,動的バランスの変化が期待できない13).運動失調患者に対する重錘負荷下での歩行運動は,歩行能力向上ではなく,安定した歩行機会の提供による身体機能維持が目的となる.更に,動作時の運動失調を抑制する手段として,骨盤帯などへ弾性緊縛帯を装着する方法もある.弾性緊縛帯の使用は協働収縮を代償する手段となり得るが,普段の生活時の活用に向けた装着練習や家族指導が必要となる.その他には免荷下での運動により転倒恐怖感の少ない状態で挑戦的な課題を反復して行うことで,運動学習の効率化による動作習得を目指していく方法14)もあり,免荷機能付歩行器を使用することで実施できる.近年,目覚ましい発展を遂げているロボットスーツは,皮膚や筋紡錘を通した固有感覚から内的フィードバックが得られる15)ことから急性期から慢性期に至る多様な病態で有用と思われ,プログラムの選択肢に加えたい.在宅など生活の場における移動手段は,基本的には車椅子の自走となる時期ではあるが,多くの患者で歩行の継続を希望される.歩行による移動は,車椅子自走と比較して全身的な活動量の維持を図れるメリットがあり,手すりや家具の配置といった環境調整を行った上で,伝い歩きや歩行補助具使用による手段の確立を検討する.著明な失調症状を有する患者の歩行補助具として歩行車を選択する場合は,前腕支持型や抑速付きの歩行車が転倒リスク軽減に有用と思われるが,使用環境と車幅の確認が重要となる.
4)四つ這い・いざり期~歩行不能期(FACの歩行能力分類:0)
この期は歩行が困難となり,移動手段として四つ這いやいざり,もしくは車椅子を用いる段階である.車椅子は運動失調症状によって自走が困難となり,移動が全介助となる場合もある.四つ這いやいざり動作の安定には,体幹の安定性が不可欠であり,体幹筋力運動を継続的に実施していく.自走による車椅子移動は,上肢駆動か下肢駆動もしくは併用の手段があるが,何れの選択においても上下肢の筋力が必要となる.専門的施設ではチェストプレスやレッグプレスといったマシントレーニングを負荷量調整して実施するが,自主運動として車椅子座位でのプッシュアップ運動や手すりを把持しての起立練習なども指導したい.この期になると歩行機会が著しく減少し,廃用的な心肺機能低下が懸念される.リカンベントエルゴメーターは,背もたれ座位で実施する耐久性向上運動であり適応が広い.また,FAC2~1で紹介した免荷機能式歩行器は,重度失調患者1例の報告16)もあり検討すべきと考えている.
【おわりに】
今回は,小脳疾患患者の運動失調に対する理学療法アプローチについて,FAC分類別に図を用いて説明した.純粋小脳型SCD患者に対する理学療法効果は科学的に証明されつつあるが,多様な原因で出現する運動失調については未だ課題も多い.今後,ロボットスーツのみならずiPS細胞に代表される再生医療の実用化など,科学の発展による新たな治療方法の開発が期待されるが,理学療法の必要性は不変と思われる.運動失調に対する理学療法アプローチは,科学的根拠を高めるためにも疾患や病態を分類した上で行われるランダム化比較試験のデザインに準じた研究が求められており,実行には多施設ネットワークを用いた共同研究が必要だろう.
【引用文献】
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5)近藤夕騎・他:歩行可能な脊髄小脳変性症に対する短期集中バランストレーニングが身体機能に及ぼす効果―Balance Evaluation Systems Test(BESTest)を用いて―.神経治療学 35(5):628-632,2018
6)厚生労働省「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」リハビリテーション分科会:SCD・MSA標準リハビリテーションプログラム(理学療法)第2版.http://ataxia.umin.ne.jp/rehabilitation/,2020
7)Hatakenaka M et al:Impaired Motor Learning by a Pursuit Rotor Test Reduces Functional Outcomes During Rehabilitation of Poststroke Ataxia. Neurorehabil Neural Repair 26(3):293-300,2012
8)宮井一郎:脊髄小脳変性症のリハビリテーションの実際.臨床神経学 53(11):931-933,2013
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